【話の肖像画】「世界の盗塁王」福本豊(73) 同僚目当てのスカウトに(産経新聞)

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出典元:産経新聞

■同僚目当てのスカウトに

 《高校卒業後、社会人野球の松下電器(現・パナソニック)に進んだ。その選択がプロ野球選手への道を開くことになる》

【写真】富士製鉄広畑の補強選手として出場、優勝に貢献した

 松下電器の入社試験を受けに行きましたが、難しい試験やった。英語なんか分からへん。よその高校の商業科の選手と一緒に受けて、互いに「おい、分かるか?」とか言いながら受験していました。試験から3週間ぐらいたっても、なかなか返事がこない。あまりに遅いから、おやじ(豊次さん)から「試験はできたんか?」と聞かれて「名前を書いただけ。答えも書いているけど、間違っとる方が多いから落ちたんちゃうか」と答えました。おやじが松下電器の西岡堆二(たかじ)監督(当時)に連絡したら、慌ててやってきて「通ってるんや」と言う。「試験を受けたら通る」と言ってくれてたらよかったんですけどね。「通っているんやったら、お世話になります」となりました。あそこで尋ねなかったらどうなっていたことか。

 面接は3回ぐらいありました。西岡監督からは「長男やけど、絶対に家を継ぐと言ったらあかんぞ」と言われていました。一緒に受けた子はうっかり「ひょっとしたら家業を継ぐかもしれない」と言ってしまい、落ちたんです。僕は「ずっとお世話になります」と言った。受かったのはその差やったんじゃないかな。

 社会人時代もプロ野球選手になると思ったことはありません。プロの試合をよく見るようになったのは社会人に入ってから。西岡監督が南海ファンだったこともあり、「社会人の広瀬(叔功(よしのり)さん、南海の中心選手。昭和36年から5年連続盗塁王)になれ」と言われたんです。背番号も広瀬さんと同じ「12」。招待チケットをもらって大阪球場で南海の試合をよく見に行きましたね。座るのは三塁側スタンド、守備位置であるセンターと一塁ランナーがよく見えるから。目が行くのはやっぱり広瀬さん。足の速さには本当にびっくりしました。

 《松下電器では俊足を武器に活躍。3年目の43年には都市対抗野球大会で、補強選手として加わった富士製鉄広畑(現・日本製鉄広畑)を全国優勝に導き、ベストナインに輝いた》

 都市対抗に向け、同じ松下電器から補強された加藤秀司(英司)らと富士製鉄広畑に合流し、東京・多摩川のグラウンドで練習をしているときでした。あるプロ野球球団のスカウトが「あと身長が5センチあったら…。惜しいなあ」と言うんです。社会人2年目だった加藤をずっと追いかけていたスカウトが、僕をついでに見てくれていました。加藤がいなかったら僕はプロに入っていないと言われましたね。

 そもそも阪急(現・オリックス)という球団を知らなかった。乗っていた電車は近鉄だったし、大鉄高(現・阪南大高)の先輩、土井正博さんは近鉄に入団していましたから。(阪急の本拠地)西宮球場の行き方も知らなかった。だからまさかその球団に行くことになるとは思いませんでした。(聞き手 嶋田知加子)

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