映画監督・高橋伴明 新作はいつも遺作 妻・高橋恵子のゲキで吹っ切れた「自由な映画」(夕刊フジ)

出典元:夕刊フジ

「この作品が遺作になるかもしれない…」

 2年前、新作映画を撮る前、こう覚悟したという。

【写真】「痛くない死に方の完成披露試写会に登場したキャストら

 監督としての名を日本映画界に知らしめた出世作「TATTOO〈刺青〉あり」では、凶悪な銀行強盗立てこもり犯人を、「BOX 袴田事件 命とは」では罪を裁くことに葛藤する裁判官を。また、「火火」では陶芸の世界で自立の道を切り開く女性陶芸家…と、作品ごとにさまざまなジャンルの人物像を描き続けてきた。

 監督デビューから、半世紀近くの邦画界の重鎮が発した「遺作」という言葉に周囲は驚かないはずがない。

 だが、本人はいたってこんな感じだ。

 「近年、新作にかかる際にはいつも、そんな覚悟で臨んできましたから」。そう語って静かに笑ってみせた。

 奈良で育ち、地元の進学校、東大寺学園高校から早稲田大学へ進学。映画研究会に入るも、学生運動で大学は封鎖。「講義もないので自然に中退していました」と振り返る。その後、若松孝二監督率いる若松プロに入り、頭角を現す。

 重厚な社会派作品を得意とし、実在の事件や人物をテーマに、人間の正義感や倫理観などを見る者に真正面から突き付けてきた。

 新作が問うのは死生観だ。主人公は在宅の末期医療に携わる医師。

 「65歳を超えた頃から、自分の死に方について考え始め、以来“死”はずっと映画で描きたいと構想していたテーマなんです」と打ち明ける。

 タイトルは「痛くない死に方」(20日から公開)。在宅医療のスペシャリストで、本紙に「ニッポン臨終図巻」(金曜)を連載する長尾和宏医師の原作を元に脚本を練り上げた。

 若い医師、河田(柄本佑)は在宅医の先輩、長野(奥田瑛二)と出会い、自宅で死を迎える患者と向き合う覚悟を固める。末期がん患者の本多(宇崎竜童)は底抜けに明るく、河田は戸惑うが…。

 宇崎は「TATTOO~」で、奥田は「赤い玉、」でそれぞれ主役に抜擢し、タッグを組んだ盟友だ。

 「集大成と呼べる配役に“遺作の覚悟”をうかがわせますね?」と聞いてみると、苦笑しながらうなずいた。

 「脚本はあて書き(最初から俳優を決めて書く)です」とも。

 出演依頼に、奥田は「脚本を読まずに引き受けたが、後から婿(柄本は奥田の娘、安藤サクラの夫)が主役で驚いた」と語った。

 現場で“親子共演”の指揮を執ったが、「一切慣れ合いがなかった。プロの演技のぶつかり合いを撮れました」とたたえた。

 今から16年前、田中裕子が陶芸家を演じた「火火」で取材したとき、「もう監督をやめようと決意していたんですよ」と聞かされ、驚いたことがある。「では、なぜ再び撮り始めたのか」と問うと、「妻から『私は映画監督と結婚したんです』とげきを飛ばされましてね」。

 妻は女優の高橋惠子。

 すでに多岐に渡るテーマで計13本を作品に仕上げ、2001年には連合赤軍事件をテーマにした「光の雨」も撮り終えていた。「これでもうひと通り、監督としての仕事は果たした、と思ったんです」

 妻から「私は映画監督と結婚したんだ」の後、続けて、こうも言われたという。

 「ゼロからもう一度、映画を撮ればいいじゃない」と。

 「妻の言葉に吹っ切れた。『そうだ。白紙に戻って撮り始めればいい』と。それ以後、余計な力が抜け、自由を感じながら撮っています」

 数年前まで約10年、京都造形芸術大学で映画を志す学生を指導した。

 「今回の撮影では教え子が助監督に付いてくれた。現場で育てるためにも撮り続けないとね」

 では、今作は本当の遺作ではないのですね?

 「撮りたいテーマがまだまだある。今も新作の脚本を書いています」

 71歳。遺作という言葉で記者を翻弄し、それを楽しんでいるかのようなこの余裕。柔和な笑顔を浮かべるが、眼光の鋭さはいささかも鈍らず、爛々と燃えていた。

 (ペン・波多野康雅/カメラ・須谷友郁)

 ■高橋伴明(たかはし・ばんめい) 1949年5月10日生まれ。71歳。奈良県出身。早稲田大学第二文学部中退。75年から若松プロダクションなどで活動し、82年、「TATTOO〈刺青〉あり」で数々の映画賞を受賞。近作は「道~白磁の人~」(2012年)など。「赤い玉、」(15年)がモントリオール世界映画祭に出品。新作「痛くない死に方」は20日から全国で順次公開。

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