出典元:日経ビジネス
新型コロナウイルスとの闘いが長引き、蓄積する精神的なストレスへの対応で少なからぬ人が苦労を強いられる中で、米国でも欧州でも日本でも、「自由」というキーワードが浮かび上がってきているように思う。政府がそうするよう促している(ないし強制している)感染防止策に国民が従わない「自由」は、正当化され得るのだろうか。
【関連画像】■図1:「コロナウイルス」という単語を含む記事の全国紙掲載件数。注:日経・朝日・毎日・読売・産経が対象。20年8月は19日までの件数。(出所)日経テレコン
米疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド所長は7月14日、医学雑誌のインタビューで、米国民全員がマスクを着用すれば感染拡大を4~8週間以内に抑え込むことができるという考えを示した。CDCは、新型コロナウイルスに対抗する「最も強力な武器」はマスクだとしている。
金融当局者の側からも、人々がマスクを着用しなければ「より自由に感じる」かもしれないが、その代わり経済成長はより緩慢なものになるだろうと明言して、マスク着用を人々に促している、カプラン・ダラス連銀総裁のような人もいる。今年の米連邦公開市場委員会(FOMC)で同総裁は投票権を有しており、金融政策の決定に影響力を行使している。
トランプ大統領も最近になってようやく、公の場でマスクを着けるようになってきた。けれども、同大統領は公共の場におけるマスク着用の義務化には引き続き強く反対している。「マスクを着けない自由」を支持する保守層の意向を意識している可能性が高い。
民主党大統領候補の座を得ているバイデン前副大統領は8月13日の記者会見で、「最低でも今後3カ月間、全ての米国民が外出の際にマスクを着用すべきだ」と述べて、全米の州知事が住民に、外出の際のマスク着用を義務化するよう提言した。
これに対しトランプ大統領は記者会見で、「私はマスクの着用を促してきた。一定の自由も必要で、米国民が正しい行動を取るものと信じている」と述べ、「自由」に言及しながらバイデン氏の提言を批判した。「マスクを着けない自由」を前面に出した抗議活動も全米各地で起こっている。かくして、マスクを着用すべきかという話は政治問題化し、米国社会の分断はますます深まることになる。
欧州でも、ドイツ、フランス、英国などで、マスク着用義務化への反対運動が起こっている。報道によると、ベルリンで8月1日に行われたデモには約1万7000人がマスクを着けずに参加。「われわれの自由が侵害されている」と書かれたプラカードを掲げるなどして行進した。感染者数の再度の増加が目立つフランスでは、政府が警察官を動員してマスク着用を徹底させる方針を取ることにしたが、果たしてどうなるだろうか。
日本では、規模は小さいが、東京都知事選に立候補した「コロナはただの風邪」と主張する人物とその支持者が東京・渋谷に集まり、50人くらいの集団でマスクをせずにJR山手線に乗り込んだりした。主要メディアはほとんど報じなかったようだが、SNS(交流サイト)上ではかなり話題になり、「これは一種のバイオテロではないか」との声もあがっていた。
●ワクチンを接種したくない人々
マスクではなくワクチンについても、新型コロナウイルスに有効なワクチンが仮に出来上がった場合でも米国人の3人に1人は予防接種を望まないという、日本人の感覚からすれば驚くべき調査結果も出てきている。CNNテレビが5月に実施した世論調査によると、新型コロナウイルス感染症を予防するワクチンが低コストで幅広く利用可能になった場合でも、回答者の33%が「接種しない」と回答。年代別では35~49歳で45%と高く、トランプ大統領の支持者の47%、共和党支持者でもやはり47%が、ワクチンを試さないと回答した。
理由はさまざまで、「病気にかかって回復した方が免疫力は強くなる」「巨大な製薬企業が安全より利益を優先している」「政府がきちんと審査していない」などのほか、「接種するかどうかは個人の自由であり強制されたくない」というものがあった(8月11日付 日経産業新聞)。ここでも、「自由」というキーワードが顔を出している。