出典元:産経新聞
新型コロナウイルス感染拡大による経済活動の自粛や業績不振などで、航空や観光などの業界が来春の新卒採用を見送る事態に追い込まれている。だが、産業界全般としては、少子高齢化で人手不足は続くという見方が強い。IT化の加速などコロナ禍で経営環境が大きく変化する中、企業はあの手この手で優秀な人材を確保しようとしている。そんな中、注目されているのが「リファラル(紹介)採用」だ。
リファラルは「推薦・紹介」という意味の英語で、リファラル採用は自社の社員に友人や知人を紹介してもらい、採用につなげる手法だ。「コネ」採用が、経営陣や幹部の縁故をベースにしているのに対し、リファラル採用は、社員が自社の社風やカルチャー、働き方と、友人・知人のスキルなどを総合的に判断して会社に紹介したり推薦したりする。このため、入社後のミスマッチを防ぎやすく、中途採用では1次面接をスキップするケースも多い。
紹介する社員にも会社からのインセンティブ(動機付け)という恩恵がある。勧誘のための会食の費用の他、紹介や採用決定の段階で、報酬が金銭で支給されることが多い。報酬の相場は数万~30万円とみられ、ある調査では約10万円が平均とされる。このインセンティブが、リファラル採用の原動力にもなっている。一方、インセンティブが全くなかったり、人事評価で加点したりする企業もある。
■「三方よし」の手法
リファラル採用が急拡大したのは、人手不足が深刻化し始めた平成28年ごろから。まず、ITやインターネット関連企業などで取り入れられ始めた。就職情報会社のマイナビが企業の中途採用担当者を対象にした「中途採用状況調査2020年版」(回答1148件)によると、リファラル採用を実施した企業は全体の62.9%と、かなり浸透している。
理由の第1はミスマッチ防止だ。IT業界などでは、せっかく採用したのに、入社後に「思っていた業務ではない」「社風が合わない」との理由で離職する人材が多いと問題視されていた。会社の実情をあらかじめ理解してもらうことが重要になっており、リファラル採用では、紹介者が入社前の検討段階で生の声を友人・知人に伝えられるメリットがある。
第2は、人手不足で上昇してきた採用コストの削減だ。中途採用などではエージェント(仲介業者)を活用することもあり、一般的に、企業は採用した人材に約束した年収の2~3割を成功報酬としてエージェントに支払うとされる。IT業界などでは高度なスキル(技能)を持った人材も多く、採用者1人の成功報酬が100万円というケースもあるようだ。これに対し、リファラル採用であれば、コストを大幅に削減できる。
リファラル採用は、会社▽紹介する社員▽採用した人材-それぞれにメリットのある「三方よし」の手法ともいえる。
■幅広い業種に浸透
ここ数年、積極的な出店で急成長している外食チェーン、串カツ田中ホールディングスは「年間30~40人のリファラル入社がある」状況で、採用の主力手法として定着してきた。
日立製作所や富士通などに加え、トヨタ自動車、りそなホールディングスも導入を表明するなど、製造業や金融など幅広い業種の大企業にも浸透し始めた。
自動車業界では電動化や自動運転など「CASE(ケース)」と呼ばれる次世代技術、金融業界では金融とITが融合する「フィンテック」への対応を迫られており、高度なスキルを持つ人材の確保が急務だ。人材大手、エン・ジャパンの人事向け総合情報サイト「人事のミカタ」の手塚伸弥編集長は「大手企業でも(リファラル採用を)制度化し、門戸を開くことが増える」と予測する。
リファラル採用の隠れた効用も指摘されている。社員が友人・知人の人生で大きな影響を与える就職先・転職先を紹介するには、「自分の会社を薦めることができる」のが大前提だ。リファラル採用が増えるかどうかは、社員が自社をどう評価しているかを測る“モノサシ”になっている。
ただ、リファラル採用では、価値観の合う知人や仲の良い友人を紹介するケースが多く、「組織の同質性」が高まったり、派閥が作られてしまったりというデメリットも指摘されている。
リファラル採用への期待は大きいが、現場では不安や懸念材料もある。エン・ジャパンが35歳以上のミドル世代を対象に行った調査では、これまでの人間関係の変化を心配する声が圧倒的だった。
「リファラル転職の誘いを受けたが、選考を受けなかった」理由(複数回答)は、「友人・知人との関係性が崩れないか心配になった」が38%で首位だった。
同じ調査で、リファラル転職で入社して苦労したことを自由回答で尋ねたところ、「知人が(採用企業の)代表であり、互いに気を使うようになった」「誘ってくれた人が急な転勤となり、フォローしてもらえなかった上、周囲の期待や要求に応えるのに苦労した」といった本音が聞かれた。(経済本部 平尾孝)