出典元:産経新聞
「ミャー、ミャー」と餌を求めて飛び交うウミネコを従えて、遊覧船が白い航跡を残して進む。穏やかな夏の海に乗客の歓声が響いた。
【地図でみる】「みやこ浄土ケ浜遊覧船」の航路
三陸海岸の景勝地、岩手県の宮古湾を巡る「みやこ浄土ケ浜遊覧船」が来年1月に運航を終了する。リアスの潮風を感じながら絶景を楽しめるのが人気で、開業から60年近く、岩手県や宮古市の観光を支えてきた。東日本大震災後も被災を免れた1隻で運航を再開したが、観光ニーズの多様化や団体客の減少などで最盛期と比べ乗客は半分以下になっていた。船の老朽化や乗組員の高齢化も影響し、継続が困難になった。
「あの時は何とかして船を生かすのに必死でした」。機転をきかせて「第16陸中丸」を沖に避難させた坂本繁行船長(71)が震災当時の話をしてくれた。「沖合から岸壁を見ると白波が一直線に泡立っていた」。無線で被災情報を確認しながら、餌付け用でもある「ウミネコパン」で空腹をしのいだ。機関士、甲板員とともに無傷で桟橋に戻ったのは42時間後のことだった。
遊覧船3隻のうち残った陸中丸は震災から4カ月後に運航を早々に再開。被災地の復旧もままならない中、乗船し応援してくれる人たちに励まされた。
今年7月、運航終了が発表されてからは「船はどうなるのか」「何とかして船を残してほしい」と多くの惜しむ声が寄せられているという。
海水浴客でにぎわう真夏の浄土ケ浜を横目に「これだけ波のない日が続くのは珍しいね」と坂本船長がほほ笑む。
震災を乗り越えた第16陸中丸は船齢30年を超えた。来年1月11日、別れを告げる最後の汽笛が鳴る。(写真報道局 納冨康)