遅かった瀬古氏の会見 東京五輪マラソン・競歩の札幌移転(スポーツ報知)

出典元:瀬古利彦氏

20年東京五輪のマラソン、競歩が東京から札幌に変更が決定し、日本陸連幹部らが会見を行ったが、いまだに違和感が残っている。

 なぜ、決まったあとなのか。

 瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは「もっと早くいろんな意見を言いたいと思いましたが、IOC(国際オリンピック委員会)という力の前ではどうにもできない。もし東京でやらなきゃ困ります、ということを押し通したら『五輪でマラソンはやらなくていいと言われるのではないか』という思いがありました」と話した。

 だが、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)を設立し、一発勝負に近い五輪代表選考会を実現、コースも五輪本番とほぼ同じで、本番へ向けた並々ならぬ臨戦態勢を整えていた日本陸連の思いは、その程度のものだったのか。

 むしろ、早く会見を開き、日本陸連はどう考えているのか、世論に訴える必要性があったと思う。IOC・東京五輪組織委員会VS東京都という図式の対立が描かれるだけで、日本陸連は蚊帳の外。存在感は全くなかった。五輪代表に内定している選手たちが、個人の意見を堂々と示す中、陸連は弱腰に見えた。

 瀬古リーダーはまた、五輪代表内定の服部勇馬と話したことを明らかにした。「服部君は『瀬古さんのように(80年の)モスクワ五輪がボイコットになるわけじゃない。札幌の地でマラソンができることは幸せです』といっていた。僕は涙が出ました」とも語った。

 私はこの発言を聞いて、モスクワ五輪前のことを思い出した。瀬古リーダーは当時、マラソンの金メダル最有力候補だった。瀬古リーダー自身が、日本政府が決定したモスクワ五輪ボイコットに、競技団体が何もできなかったことを体験しているのではないか。だから、服部の思いもそれに近いものがあると思う。

 日本オリンピック(JOC)委員会・山下泰裕会長は「これまで準備してきた都民の方々のことを思ったら涙が出そうになった」と話したが、こちらも記者会見は開かず、札幌へのコース移転が決定したあとのコメントだ。JOCは山下氏が新会長となり、期待していただけに残念だった。山下会長も、モスクワ五輪に出ていれば、金メダル確実と言われていた。

 モスクワは政府の決定で、今回はIOCが決めたことで、大きな違いはある。だが、図式はよく似ている。「アスリートファースト(選手第一)」をよく口にする瀬古、山下両氏であるならば、コース移転決定前に、記者会見を開き、国民に考えを示し、選手たちのために頑張っている姿勢を見せるべきだった。(久浦 真一)

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