東大寺東塔院跡 鎌倉時代の再建時に回廊様式を変更(産経新聞)

世界遺産・東大寺(奈良市)の東塔院跡が鎌倉時代に再建された際、塔を四方に囲む回廊が、南側の1面を除き、2本の通路からなる「複廊」から1本の通路の「単廊」へと変更されていたことが分かり、同寺などでつくる調査団が8日発表した。

 東塔院全体の構造が大幅に変更されているが、研究者は「正面にあたる南側は重要なため、奈良時代の伝統を残した可能性も考えられる」としている。

 奈良時代、東大寺では大仏殿の東南と西南にそれぞれ東塔、西塔が創建された。そのうち東塔は70~100メートルの高さがあったとされるが、治承4(1180)年に平家の南都焼き討ちで焼失。鎌倉時代に再建されたものの、雷火で再び焼けたとされる。

 同寺と奈良文化財研究所、奈良県立橿原考古学研究所でつくる調査団は、塔基壇跡の周囲を発掘。壁の下に敷かれたとみられるレンガ「●(せん)」の並びなどから、奈良時代の回廊が、中央の壁を挟んで両側に通路がある複廊(幅約5・9メートル)だったことが判明。

 さらに鎌倉時代は単廊(同約4・7メートル)に変更されていたことも分かった。ただし南面は、複廊のままだったとみられる。このほか鎌倉時代の回廊は東西約74メートル、南北約85メートルだったことも分かった。

 これまでの調査で、鎌倉時代の塔本体は創建時より一回り大きく、僧の重源(ちょうげん)が新様式「大仏様(だいぶつよう)」を取り入れた可能性が浮上しており、調査団長の鈴木嘉吉・元奈良国立文化財研究所長(建築史)は「再建時に回廊も大仏様にしたかったのではないか。南面は正面という重要性があり、奈良時代の伝統を残したと考えられる」としている。

 現地説明会は11日午前10時~午後3時に行われる。

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