爪剥ぎ、人間を矢の的に、女性を無理やり…日本史上に残る「最悪な暴君」たちの逸話(現代ビジネス)

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出典元:現代ビジネス

日本史(神話も含め)で最も暴虐な人物を1人あげるとすれば、筆者は第25代の武烈(ぶれつ)天皇をあげる。『古事記』に拠れば、8年――この暴君は天下を治めたことになっている。

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 仁賢天皇の皇子で、継体皇后の同母の弟。この天皇の代で、応神天皇(第14代仲哀天皇と神功皇后の子)以来の王統が断絶するため、その象徴としてことさらに、悪逆無道ぶりが示されたのではないか、とも取り沙汰されている。武烈こそ、日本史上、最悪・残虐の人物といってよい。

 『日本書紀』に拠れば、「二年の秋九月に、孕める婦の腹を刳きて、其の胎を観す」とあった。

 武烈が即位して2年目=西暦ではちょうど、500年にあたるとされるこの年の9月、彼は妊娠している女性の腹を裂いて、赤ん坊を切り出して見た、という。ちなみに、このとき武烈は12歳。

 後世、戦国武将・武田信玄の父・信虎や徳川家康の二男・結城秀康の子である松平忠直(初代越前福井藩主)、三代将軍・徳川家光の弟・駿河大納言忠長など、ときの権力者、勝者に反逆した形の、歴史上の人物にも同様の暴桀奇談は少なくない。が、筆者はそのいずれもが創り話だと受け止めてきた。

 それにしても、武烈の暴君ぶりはすさまじかった。即位3年(501)の冬10月には、人の生爪をはぎ取って、その手でいも堀をやらせ、翌年の夏4月には、人の頭の毛を抜いて、木のいただきに登らせ、そのうえで木を切り倒し、人が落下して死ぬのを楽しんだ、という。7年の春2月には、木に登らせた人を弓で射落として殺したとも。

 極めつきの暴肌(肌をあらわにさらす行為)は、8年の春3月であろうか。

 女をして躶形にして、平板の上に坐ゑて、馬を牽て前に就して遊牝せしむ。女の不浄(陰部)を観るときに、沾れ湿へる者は殺す。湿はざる者をば没めて官婢とす。此を以て楽とす。(『日本書紀』巻第十六)

 「躶形」は、裸にしたこと。馬と人間の女性を“性交”させるという、変態行為を強要したというのだ。むろん悪意に満ちた創作であろうが、中国の古典、朝鮮の『三国史記』にも似たような王は登場していた。おそらく、形を変えて古代の豪族の中には、原形に近い暴君もいたのだろう。

 もともと日本人は、中国人のように人間を煮て食べるといった残酷・残忍性は民族的にあわなかったようで、行為そのものが残酷・残忍であった、と断定できるものは少なかった。

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