出典元:日刊ゲンダイDIGITAL
【牛次郎 流れ流され80年】#80
牛次郎が伊豆の伊東市に建立した願行寺は、実妹の娘の覚演が、住職として切り盛りしている。
「息子はアニメ関係の仕事をしていて、坊主になる気はない。『寺を造ったのは親父の勝手。せがれに責任を持てっていう理屈はないだろ』って考えだ。それで姪っ子が養女になった。よくしてくれてるよ。俺は初めから英才教育で、檀家との付き合いとか、明日からすぐに使える実務的なことしか教えないんだ。いま、森鴎外のこの作品を写しなさい、とかって言われても、腹が立つだろ?」
60年近く連れ添った妻は4年前に亡くなった。梶原一騎、その弟の真樹日佐夫、「男どアホウ甲子園」の佐々木守、「唐獅子警察」の滝沢解……漫画や劇画の原作者の先輩や仲間も今はいない。目をかけてくれた池波正太郎や柴田錬三郎、銀座で一緒になった勝目梓、広山義慶、梓林太郎といった作家仲間も鬼籍に入っている。勝新太郎、若山富三郎、金子信雄も泉下の客となった。
■「一番最後になっちゃったけどとうとう来たかな」
「とうとう一番最後になっちゃったな。最近は腰と右足が痛くて、もう、どうにもならないね。この前も東京に行ったんだけど、全然歩けなくて、今は家の中でも杖をついてる。志村けんがコントで演じたお婆さんみたいだって笑われてるよ。おれもいよいよ来たかなって、感じがするね」
その一方で、今年からユーチューブも始めた。「80歳のユーチューバーだ。あんまりいないだろ?」と笑う。やり残していることは、まだ多い。
「この世には流行と不易がある。仏教にとっての不易は、『まつる』『供養する』ってことだと思うけど、最近は葬儀もやらずにそのまま火葬場で焼いちゃう『直葬』も増えてるんだろ? 別に立派な墓石を建てなきゃならないなんてだれも言ってないし、たくあん石なんて物をポンと置いとくだけでもいい。実際に一休さんはそうだって言うけど、それもなくなったらどうなっちゃうのかね」
日本の伝統の中で培われた仏教の教えをもう一度、ちゃんと整理して残したいという思いもある。
「釈迦の教えに『十二因縁』っていうのがあるんだよ。我々の一生は前世から始まっていて、それは悪因なのか善因なのかは分からないけど、12個の因縁によって生きている、と。般若心経の中にも、無無明亦無無明尽(むーむーみょうやくむーむーみょうじん)、乃至無老死(ないしーむーろうしー)、亦無老死尽(やくむーろうしーじん)って、ちゃんと入ってる。釈迦はその12個を最初の前世から順番に瞑想していって、次にゴール、つまり死からさかのぼって瞑想した。それで悟ったっていうんだけど、これに関する本が本当にないんだ。ダライ・ラマが書いたのがあるんだけど、読んでみてもさっぱり分からない。十二因縁が分かると、なぜ人間が生まれてきたのか、死んだらどこに行くのか、輪廻転生の意味も分かる。だから俺もいっぺん、ちゃんと書かなきゃいけないかなって思ってるんだよ」
人生は100年時代。3ケタの大台に乗るまで、あと20年だ。 =敬称略、おわり
(取材・文=二口隆光/日刊ゲンダイ)