立川談志師匠の「お別れ会」で殿がポツリともらした一言【ダンカンの笑撃回顧録】(日刊ゲンダイDIGITAL)

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出典元:日刊ゲンダイDIGITAL

【ダンカンの笑撃回顧録】#70

 現在、61歳になる俺だが、時間は巻き戻せないものである! を痛感している……。なんであの若かりし頃に師匠である偉大なる立川談志ともっと真剣に向き合えなかったのであろうかと……。

 今のこの気持ちで20代前半に弟子入りしたばかりの俺に戻れたならば……と何度となく考えるが、その答えはいつも決まって、「でも、俺が入門した頃って師匠はまだ40代半ばで落語協会脱会だ! どーしたこーしたって血気盛んだったし……てか、ものスゲー怖かったし……あー、やっぱりあの頃に戻っても、俺は俺でフラフラとした師匠との関係のままなのだろうなあ……」となってしまうのですが……。

 とにかく死ぬほど怒られた!! 何度「クビだー!!」と言われたことか? ただ両手では数えられないくらいクビを宣告されたにもかかわらず、ついぞ真実のクビは一度としてなかったのだった。

 いや、そもそも理解不能なクビさえ存在したのだ。例えば、俺が師匠のところからたけしさんの下で「たけし軍団」として活動しているある日、突然「あ、深夜にスミマセン、師匠がダンカン、クビだから伝えとけって言われまして!」と師匠に付いている若い弟子から電話が入る。「えっ、なんで俺、何かした?」「いや、ワタシもよくわからないんですが、思い出したとか? 思いついたとか? で」「ちょ、ちょっと待ってよ! 思いついてクビって……あ、師匠、明日どこにいる?」という会話を交わし……翌日、菓子折りを抱え、師匠がインタビューを受けている料理屋に謝罪(?)に行くと「おっ? おまえ、今日は何だ?」「(何だって、クビにされたから来たんでしょう!!)いや……あの、その……」「元気にやってるか、たけしに迷惑かけんなよ、おっ、おまえ、一杯やってけ飲んでけ! 飲んでけ!!」。

 ちなみに、師匠はアルコールは少々たしなむ程度だったので、決して前夜泥酔していたなんてことは絶対にないです。ま、そんなエピソードをこの先数回にわけて紹介していこうと思うが(志の輔が俺の弟子として入門して来るなんてのもあるので、乞うご期待を!!)。

 2011年11月21日に死去した立川談志お別れの会がその年の12月21日にニューオータニにて1000人以上もの人々が集まり、行われたのだった。当時、東京都知事であった石原慎太郎氏の弔辞の言葉「あばよー!」は翌日の新聞に大きく躍った。

 式の後半に来る手はずになっていたたけしさんを俺はホテルの入り口で待ち、そのまま無言で祭壇に向かい、並んで手を合わせた……。どーしても師匠の遺影に目を合わせられなかった……(俺、師匠の弟子なのにたけしさんばかり好きになっちゃって……スミマセン……)、その時「バカ野郎、たけしに迷惑かけるなよ!」の師匠の声が聞こえた……気がしたのだった。

 たけしさんは終始無言だった……ただ車に乗り込むほんの寸前に「盛大だったなあ……俺の時も人が来てくれるかなあ……」とポツリと想像もしていなかった言葉に……間、間、間、そして蚊の鳴くような声でしぼり出したのは「と、殿は死にません……」。たけしさんを乗せた車の後部座席の扉がバタンと閉まる音と同時に俺の目からはとめどもなく涙があふれ出した……。

(ダンカン/お笑いタレント・俳優・放送作家・脚本家)

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