食い放題の焼き肉屋で相撲取りに間違えられたグレート義太夫【ダンカンの笑撃回顧録】(日刊ゲンダイDIGITAL)

冷えから来る不眠、体調不良に

うんざりしていた28歳の山田さんが

「朝までぐっすり眠れるようになった」理由とは?

身体を足のつま先から「ぽかぽか」と温める方法

野蚕シルクで出来た冷え取り靴下【リンマー】公式サイトはコチラ

出典元:日刊ゲンダイDIGITAL

【ダンカンの笑撃回顧録】

 クルクルクル~、カラ~ン!! 俺の人生ルーレットが止まったぞ~! えっ、なんだこの町は? 丁髷の大男がジャージー姿で八百屋で買い物してるぞ? あ、あそこに自転車に乗った大男の丁髷が! おっと銭湯に入ったら湯船から丁髷頭が~。しかも、プ~ンと鬢付け油(相撲取りが髪を固める独特の香りが漂う整髪料みたいなモノ)のにおいが流れてきてるよ~!

 そーか、ここぞまさしく90年代前半、あの日本中を大相撲の「若貴ブーム」に巻き込んだ、その若花田と貴花田(後の若乃花、貴乃花)兄弟がいる二子山部屋(後に藤島部屋や貴乃花部屋などと呼称される)のあった中野新橋なのだ。ちなみに、部屋と俺の家は徒歩で5分もかからない距離にあったのだった。

 若貴はもちろん、あの頃は同じ部屋に大関になる貴ノ浪はいるわ、人気と実力を備えた安芸乃島や貴闘力などなどワンサカいて、そりゃわが町の空気はデブ(失礼)のせいで薄くなっていたのだ。そんなデブ(失礼)の町の中に2人の肩身が狭いデブ(こちらは失礼ではない!!)が存在していたのです。

 1人は一時期、現役時代の舞の海の体重を超えたデブの松村邦洋であり、そしてもう1人は我がたけし軍団史上最強で最重量120キロの体重を有したグレート義太夫なのであった。

 さて、その2人がなんでそんなに肩身が狭かったかというと、芸能人なんてのは食い慣れてしまったステーキと同じで初めの頃は物珍しげにチヤホヤしてもらえるけど、それが町内で毎日顔を合わせるとなると「松村くん、義太夫さん、同じように丸々と太っててもあちらのお相撲さんは日本中に夢を与えるのよ……それに比べてあんたらは……ムダにブクブク肥えちゃって、もうみっともないと思いなさいよ~」と普通に町のオバちゃんに言われるのだった。それが悪気がないというのがまた厄介極まりないのだ。

 そんな中、あるひとつの事件が中野新橋の町に勃発したのだった。

 駅から路地を一歩入ったところに焼き肉食べ放題の「K」というお店が開店したのだが、お相撲さんがひしめく町にそんな店ができたとなったら、そりゃもう砂糖に群がるアリのごとくで、たちまち相撲部屋の若い弟子がごっつぁんですと、食べまくること! とにかくいくらでも食える食べ盛りの若い相撲取りたち、おまけによう食べるのも仕事のひとつなんだから。さすがに商売にならないと判断した店の主人は思い切って出たねー! 「お相撲さんお断り!!」の大きな張り紙を!! 何事もなかったからよかったけど、血気盛んなお相撲さんでもいたら、店が壊されたかも……と思うと、ご主人の勇気に拍手~!!

 そして、すっかり相撲取りの姿を見なくなったある日、義太夫くんが帽子をかぶり、その店に入り、焼き肉食べ放題を注文すると、ご主人が一言、「お相撲さん、変装してもダメですよ!」だって……。デブらしいポッチャリ憎めない、いいお話でしょう……。 =つづく

(ダンカン/お笑いタレント・俳優・放送作家・脚本家)

【広告】


ハッピーソックスで貴女も皆もハッピーに!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です