コロナ禍で「冬来たる」、商社に問われる人の力(日経ビジネス)

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出典元:日経ビジネス

新型コロナ禍が総合商社に大きな変化を迫っている。

 米中貿易摩擦でじわじわとダメージを受けていたところに、コロナ・ショックがトレードの停滞、資源・エネルギー価格の下落、投資先の業績悪化を招いている。

【関連画像】大手総合商社5社の利益の推移。

 総合商社大手5社の2021年3月期の最終利益予想は、最高益が相次いだ19年3月期に比べて6割超も低い水準となる見込みだ(関連記事:商社決算、明暗分けた資源と自動車 三菱商事に迫る三井物産。https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/081401242/)。

 日本特有の業態とされる総合商社。その事業構造の分かりにくさから、幾度となく「不要論」が取り沙汰されてきたが、それを乗り越えてきた。アフターコロナも商社は生き残れるのか。商社にとって最大の資産とも言える「人」の力が鍵を握る。

●不要論と戦ってきた商社の歴史

 総合商社の歴史を振り返ると、たびたび浮上する不要論と経営の逆境を事業のモデルチェンジで乗り越えてきたことが分かる。

 戦後の総合商社は、三井物産と三菱商事の解散から始まった。鬼の居ぬ間にと繊維商社や鉄鋼商社は取扱品目を増やして「総合商社化」を進めた。1950年代に両社が再結集すると、商社同士の競争は激しさを増した。

 その頃に取り沙汰されたのが、「商社斜陽論」だ。戦後の混乱期を抜け、メーカーが独自に販売網を築けるようになれば、商社が担ってきた仲介取引の必要性が下がるという予測が根拠だった。

 しかし、そうはならなかった。高度経済成長でトレードの必要性は低下せず、産業に不可欠な鉄鉱石や化学品などの原材料取引が商社の業績を伸ばした。当時の商社には、海外への「水先案内人」の役割が強く求められていた。

 1980年前後になると、商社は「冬の時代」を迎えたといわれるようになる。70年代に起こった為替の変動相場制への移行、オイルショック、途上国の資源ナショナリズムの勃興は、商社ビジネスの大きなリスクとなった。ロッキード事件などスキャンダルも重なり、商社への世間の風当たりは強まった。

 各社はこの危機を、豊富な取扱品目を生かした三国間取引や、欧米の資源メジャーと協調した資源ビジネス強化、円高を生かした海外への直接投資など「トレードと投資」の強化で乗り切る。その中で、トレードから投資へとビジネスの重心も変化していった。

 バブル崩壊後、三たび、「商社不要論」が襲った。不動産投資や財テクの失敗による不良債権が発生。メーカーの海外進出がさらに進み、トレードの収益基盤が弱まった。

 ここでも、商社はビジネスモデルを巧みに入れ替えて、復活する。原動力となったのは、原油や液化天然ガス(LNG)など資源・エネルギー権益の開拓だ。中国など発展途上国の経済成長で、鉄鉱石や石炭、原油などの価格が上昇したことが追い風になった。

 さらにバブル崩壊で経営難に陥ったスーパーマーケットや、コンビニエンスストアなど小売業に出資し、上流から下流に至るバリューチェーンを強くした。不良債権処理が終わる2000年代から商社の業績は伸びていく。

 しかし、2015年前後に資源価格の「スーパーサイクル(価格上昇期)」が終わる。リーマン・ショック後の世界経済を下支えした中国経済の息切れが見え始めると、原油をはじめとする資源・エネルギー価格が急落。三菱商事、三井物産が16年3月期に、住友商事が15年3月期に、赤字に転落した。しかし、資源価格が持ち直すと息を吹き返し、19年3月期には最高益が相次いだ。

 そして、2020年、「コロナ・ショック」を迎えている。

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