「菅流勝利の方程式」の継承者は?「ポスト菅」の闘いはすでに始まっている(現代ビジネス)

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出典元:現代ビジネス

少々、時代を遡る話だがお付き合い願いたい。あっという間に菅義偉官房長官が自民党総裁選で圧勝し、第99代内閣総理大臣(首相)に選出されたのかの「なぜ」を探り、その理由を知るために必要なのだ。

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 「幕が上がったと思ったら、芝居は終わっていた」――1980年6月12日に心筋梗塞による心不全で急死した大平正芳首相の後任自民党総裁・首相に就いた鈴木善幸総務会長を巡る「後任選出劇」を、同首相が率いた宏池会(現岸田派)に所属した1期先輩の前尾繁三郎元衆院議長が当時の西村榮一党副総裁(旧七日会・現竹下派)に語った言葉である。

 同じ宏池会の大ベテランであり本来は黒子である鈴木総務会長を後継に据えたのは田中角栄元首相(七日会オーナー)である。大平氏急死直後に後継候補に挙げられた腹心・伊東正義官房長官が固辞し続ける間隙を突いて田中氏が、それこそあっという間に鈴木氏後継の流れを作ってしまったのだ。

 当時すでに派閥の領袖であり、田中氏とは同期で防衛庁長官(佐藤栄作内閣)、通産相(田中内閣)、幹事長(三木武夫政権)を歴任していた中曽根康弘氏は鈴木首相に蔵相を求めたが、拒絶されて端パイの行政管理庁長官に甘んじた。

 だが、一念発起した中曽根氏は土光敏夫元経団連会長を担いで旧国鉄と旧電電公社の民営化を実現する「土光臨調」を主導したことが、結果的に「ポスト鈴木」の座を射止めることになったのである。

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