9月のライブを楽しみにしていたマモル・マヌーさん ミッキー吉野「コロナがなければ今ごろ元気に…」(夕刊フジ)

出典元:夕刊フジ

【YFM 夕刊フジMusic】「ザ・ゴールデン・カップス at LAST」延期の夕刊フジ・ロックフェスは来夏に開催予定

 ザ・ゴールデン・カップスのマモル・マヌーさん(本名・三枝守=さえぐさ・まもる)が、1日に心筋梗塞のため急逝した。71歳という若さ。7月に介護を続けていた母親を亡くして落ち込んではいたものの、体調の不安などは伝えられておらず、突然の悲報だった。

 本来なら、コンサートを行うはずだった9月。タイトルは「夕刊フジ・ロックフェスティバルVol3 ザ・ゴールデン・カップス at LAST」。しかしコロナの影響で発表前に延期が決定。来年の開催に向け、メンバーが気持ちを新たに取り組んでいる最中だった。

 「コロナが発生していなければ、ライブへ向けて頻繁に連絡を取り、会っていたはず。マモルも元気で、今ごろは一緒にリハーサルをしていたでしょう。電話で時たま話してはいたけど、人とは会えない状況なので仕方がありません。普通に会えていれば…」

 悔しい思いを語るミッキー吉野は、1968年にキーボーディストとしてザ・ゴールデン・カップスに加入。優しく迎え入れてくれたのが、ドラム&ボーカルのマモルさんだった。

 「一見、つっけんどんみたいだけど、ああ見えてとても優しく、2つ上のアニキみたいな存在でした。僕が入院していたときも何度もお見舞いに、一番来てくれたんじゃないかな」

 『長い髪の少女』『愛する君に』などで知られるザ・ゴールデン・カップスは、デイヴ平尾さん(2008年死去)を中心に横浜本牧のライブハウス・ゴールデンカップで活動を開始し、67年に『いとしのジザベル』でデビュー。GSブームを牽引、ジャパニーズロックの礎も築いた。当時の横浜の文化の一端も担い、ロック小僧は皆、ハマのカップスにあこがれた。

 昨年の9月8日、マモルさんの最後のステージが、その“故郷”ゴールデンカップで行ったライブ。カップス以外の音楽の仕事は断っていたが、カップスとなると喜んで参加、いつも楽しみにしていた。

 「マモルと会ったのはそのライブが最後。今はもう、悲しいしかありません。浅野(ゴダイゴの浅野孝已さん=5月12日に死去)のときもそうでしたが、何もできなくて、見送りにいけないのもつらい。ずっと会っていなかったから、実感もわかなくて。つくづく、コロナさえなければ…と思います。また一緒にライブをやりたかった」

 マモルさんも心待ちにしていた「ザ・ゴールデン・カップス at LAST」は来年夏に開催予定。ミッキー吉野、エディ藩、ルイズルイス加部。残されたメンバーによってマモルさんの意思は紡がれる。

【広告】




『キングカズ』こと三浦知良選手が所属する

Jリーグチーム【横浜FC】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です