はみ出す世界観…純文学の枠に収まりきらない作風 作家・藤野可織(夕刊フジ)

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出典元:夕刊フジ

「作家になろうと思ったのはいつ頃か? もの心が付く前から物語を書く人になろう。なれるはず。そう信じていました」

 7年前に芥川賞を受賞。コンスタントに新作を発表し続ける売れっ子作家は笑顔でこう振り返る。

 本との出合いが作家への道を運命づけた。「毎晩、親に絵本を何冊も読んでもらわないと寝付けなかった」という子供は、小学校の図書館に入り浸り、小学2年の頃にはエドガー・アラン・ポーの全集を夢中で読んでいた。

 芥川賞受賞作の「爪と目」が“純文学ホラー”とも呼ばれるのは、ポーの影響からだろうか。

 デビューから間もなく15年。通算11冊目となる単行本「来世の記憶」を7月に上梓した。

 2009年から発表してきた短編20作を収録。ホラーあり、SFありとテイストは多岐にわたり、純文学の枠に収まりきらない作風は健在。1編目の「前世の記憶」の出だしは衝撃的だ。

 〈あたしの前世は、はっきり言って最悪だった。あたしは、おっさんだった〉

 現世を小学生の女の子として生きる主人公の視点から、おっさんとして生きた前世の記憶が語られる。5年前に文芸誌で発表した短編だが、「執筆中に単行本にするときのタイトルは『来世の記憶』に」と決めていた。

 京都で生まれ育ち、現在も京都で執筆活動を続けている。

 同志社大学大学院に進み、美学芸術学を専攻。「修士論文を書くことに疲れ、現実逃避のために小説を書き始めました」と打ち明ける。

 幼い頃に作家を志すも、実は文章を書き始めたのは23歳になってからだ。

 「当時は学芸員になろうと思っていたのですが、狭き門で…」

 大学院を出た後、京都の編集プロダクションに就職するが、半年で辞め、出版社でアルバイトをしながら執筆活動を続けた。

 書き始めて約3年。2006年に文学界新人賞。26歳で念願の作家デビューを果たし、その7年後、33歳で芥川賞を受賞。純文学作家としての地位を確立する。

 昨年、出産を経験し、「来世の記憶」収録の「誕生」は出産後の病室が舞台。「自分の出産体験そのものかもしれない」と、したたかに語った。

 「単行本では初の書きおろし」と言う「いつかたったひとつの最高のかばんで」にも、作家になる前のバイト経験など自身の体験が反映されている。

 非正規雇用の女性が行方不明になるミステリアスな物語で、ポーの推理小説を彷彿させるような独特の世界観を醸し出す。

 「子供の頃から怖いもの好き」を自認し、昨年刊行したエッセー集「私は幽霊を見ない」は幽霊を探して奔走する実話だ。

 「三島由紀夫、開高健…。著名な作家の霊が出ると言われる出版社の宿泊施設にも泊まりました」

 気になる結果は、「2泊しましたが、文豪の霊には会えませんでしたね」と残念がる。

 映画評の連載も手掛ける無類の映画好きとしても知られる。日本の時代劇から洋画の最新作まで。好きなテーマは書くジャンルと同様幅広い。

 お気に入りの俳優に、ニコラス・ケイジやアーノルド・シュワルツェネッガーらアクションスターの名を挙げた。

 「彼らヒーローの視点から見える世界を想像するのが楽しくて…」

 この言葉に“おっさん”の視点から綴られる小説が生まれる謎が理解できた。

 小説では人以外に機械やロボットなども擬人化され登場する。「シュワルツェネッガーはサイボーグも演じたでしょう」と意味ありげに笑った。

 次の構想を聞くと「殺人事件をテーマに書きたい」と即答した。

 新刊の編集作業中、新型コロナウイルス問題に直面した。「時代に寄り添って書かねば。そんな思いが以前よりも確実に増した」と言う。作家としての覚悟を新たに創作の新境地に挑むつもりだ。

(ペン・波多野康雅 カメラ・永田直也)

■藤野可織(ふじの・かおり) 作家。1980年2月14日生まれ。40歳。京都市出身。同志社大学文学部卒、同大学院文学研究科美学芸術学専攻博士前期課程修了。2006年、「いやしい鳥」で文学界新人賞を受賞し、作家デビュー。13年、「爪と目」で芥川賞受賞。新刊「来世の記憶」が7月、KADOKAWAから刊行された。

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