菅新総裁誕生 厳しい雪国の環境が育んだ「不屈の人」 同級生ら語る(産経新聞)

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出典元:産経新聞

非世襲の「たたき上げ」として群雄割拠の政界をのし上がり、自民党総裁の座を射止めた菅義偉(すが・よしひで)氏(71)。その原点は、雪深い地方の農村という厳しい環境で培われた。「不屈の人」「忍耐の人」とも評される菅氏の人間性を形作ってきたものは何なのか。(王美慧、外崎晃彦)

【写真】3年のクラス写真での菅義偉氏(上段中央)

 ■農家の跡継ぎ拒み

 菅氏は昭和23年、秋田県秋ノ宮村(現・湯沢市)で農家の長男として生まれた。道は舗装されていない砂利道ばかり。冬は軒下近くまで雪が積もる、山間部の小さな村だった。

 「負けず嫌いで、闘争心がものすごく強い。頑固で自分が決めたことは頑として譲らない性格だった」と語るのは、小・中・高と同じ学校に通った幼なじみで、現在も地元後援会の幹事長を務める由利昌司さん(71)。

 思い出すのは、中学時代にともに所属していた野球部での姿。1番バッターで、ポジションは三塁手。パンチ力のある好打者で、巧みな守備が印象に残っているという。一心不乱に練習を重ねていたといい、「役割を全うするために突き詰め、最善を尽くす姿が今につながっている」と振り返る。

 戦後の混乱から立ち直り、高度成長に向かおうとしている当時の日本では、地方から都市部へ若者の集団就職が行われていた。

 小・中学校の同級生、菊地洋一さん(71)は「同級生120人のうち、半分は集団就職で上京した。残った友人はほとんどが実家の農家を継ぎ、高校に進学できたのはごく一部だった」と話す。

 菅氏は高校に進学した数少ない一人だったが、卒業が近づくにつれ、地元に残るか都会に出るかの岐路に立たされる。4人姉弟の長男で、家業の農家を継ぐことを期待されていたというが「(集団就職で)友人らが先に旅立った東京に強く憧れ、彼は農家を継ぐのを嫌がっていたようにみえた」(由利さん)。

 「東京に行けば何かやりたいことが見つかるかもしれない」との思いを胸に、菅氏は故郷を離れた。由利さんは「父親の反対を押し切り、半ば家出のような形だったようだ」と話す。

 ■ゼロからのスタート

 上京後、段ボール工場での仕事や飲食店のアルバイトなどを経て、法政大へ進学。大学では空手部に所属した。卒業後、電気設備関係の会社に入社したが、「社会を動かしているのは政治」と政治家を志し、小此木彦三郎氏(故人・元衆院議員)の秘書となった。

 当時の菅氏を知る神奈川県議の梅沢裕之さん(63)は「口数は多くないが行動で示す。徹底的に支持者の家を回り、信頼を得ていた様子が印象深い」と話す。

 初出馬だった横浜市議選でも、地縁も血縁もない中、持ち前の負けん気を発揮し議席を勝ち取った。同市議で1期先輩の田野井一雄さん(79)は「何事も一度決めたらブレない。相手が目上だろうと、はっきりものを言う人だった」と振り返る。

 高校の同級生で元湯沢市議の伊藤陽悦さん(72)は「小さな集落で苦境や人生の迷いを若いうちに経験し、何事にも真摯(しんし)に取り組むひたむきさが培われたんだろう」と推察する。

 自民党では平成元年就任の海部俊樹氏以来となる非世襲の首相。若き日に培われた不屈の精神が、政界トップの立場で、どう発揮されていくのか。多くの国民が注目している。

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