出典元:産経新聞
「行ってきます!」。笑顔で手を振り、登校していく中学3年の山中優美さん(14)=仮名=を、母親はまぶしい思いで見送った。「あれほど教室が嫌と言っていた子が…」
【地図でみる】不登校特例校の設置状況
山中さんが通うのは、京都市立洛友(らくゆう)中学校の昼間部。全国に15ある文部科学省指定の不登校特例校の一つだ。不登校の子供が増え続ける状況を背景に創設された不登校特例校は、学習指導要領にとらわれずに不登校の子供の実態にあったカリキュラムを柔軟に組めるのが特徴で、平成16年に3校が誕生。洛友中は19年に開設された。
山中さんは小学3年のときに「教室が怖い」と言い出し、学校に通えなくなった。その後、発達障害の一つの自閉症スペクトラム障害と診断される。小学校卒業まで自分の教室に入れず母親と別室登校を続けたが、不登校の子供を対象にした洛友中には自分で行くと決めた。体験入学などで学校の雰囲気が良かったといい、一人でバスに30分乗って休まず通う。「先生が待っていてくれ、必ず名前を呼んでくれる。それが心に響いたようです」と母親は目を細めた。
同校には、不登校の生徒が通いやすいようにさまざまな工夫がある。たとえば始業時間は午後1時半、終業時間は午後6時15分で、一般的な中学校と異なる時間帯にしているのは、朝起きれない起立性調節障害の生徒や、登下校時に地域の中学校に通う同級生と顔を合わせたくないという生徒もいるためだ。年間の授業時間も標準より2割程度少ない770~780時間にして、ゆったりとカリキュラムを組む。在籍生徒は17人と少人数で、山中さんの琴線に触れたように一人一人への声かけが可能だ。
全国で唯一、夜間中学が併設されている特例校でもある。夜間部には戦争や貧困などさまざまな理由で学齢期に学べなかった10~70代、国籍も多様な25人が通う。この特色を生かし、昼間部と夜間部が合同で行う授業や行事もある。家庭科では高齢の夜間中学生が昼間部の生徒に料理を教えることもあり、合同の球技大会やキャンプなどで交流を深める。それぞれが自分の境遇を語ることもあり、互いの刺激になっている。
「学びたい気持ちがあれば、いくつになってもやり直しができると知り感動した」。いじめをきっかけに中学1年で不登校になり、2年から同校に転入したという女子高校生(18)は夜間部との交流で自信を取り戻した。母親は「萎縮して自分の殻に閉じこもっていた娘が、いろんなことにチャレンジしたいと、バイクや車の免許を取った」と驚く。
小学3年から不登校だった弟(12)も今春、同校に入学した。母親は「大事なのは本人の気持ちが向かうこと。さまざまな選択肢があればいい」と願う。
公立の場合は域外からの通学は難しいが、私立にも特例校がある星槎(せいさ)名古屋中学校(名古屋市)では約250人が在籍し、県外から通う生徒もいる。
すぐに教室での授業に参加できる生徒ばかりではない。授業はすべてライブ配信し、生徒は校内の別室「ステップアップルーム」や自宅で授業を受ければ出席扱いになる。別室の活用を安部雅昭校長は「少しずつ教室に行くエネルギーをためる場」と説明する。
同校がこだわるのは「あなたは必要とされている」ということを「ただのセリフではなく言動で伝える」(安部校長)ことだ。周囲から否定され、自尊心が傷つけられた多くの生徒に必要なのは「自分はこれでいいという自信」なのだ。
洛友中、星?名古屋中の両校とも、学校に通えなかった分の学習内容を取り戻すことよりも、まず学校で過ごせることを重視する。「学校に戻る」意味は-。
洛友中の間野郁夫校長は「ここに来る生徒には、学校に行きたいという強い思いがある。通えたことで自信がつけば将来いろんなことにチャレンジできる」。安部校長も自信の回復を強調する一方で、「もし学校以外に自信をつけられる場所や集団があるのなら、必ずしも学校でなくてもいい」と話す。大切なのは、不登校の子供たちの奪われた自信を取り戻すことだ。
■不登校特例校 文部科学大臣の指定で、不登校や不登校傾向にある児童生徒の実態に配慮し、学習指導要領に定められた教育内容や総授業時間数を削減するといった独自の教育課程を実施できる学校。9月現在の指定数は15(公立6、私立9)で、京都や奈良、愛知、東京など8都道府県に小中高校がある。